菅原幸裕が選ぶ逸品 ワークコート
日本ファッション界の重鎮のひとりと言われる「LAST」編集長の菅原幸裕が選ぶアウターを紹介。
目の肥えた菅原幸裕がワードローブに加えるモノに対しての思い、出会いを語る。
菅原幸裕が選ぶ逸品 ワークコート TOKYO TIMES Column
目次
SUN/kakke
COAT “Medicine Arts”
ここ数年、何かを購入し所有することに、以前ほど積極的ではなくなっていた。デフレが嘆かれて久しい社会状況だから、まあ当たり前かもしれない。そんな風にも思っていたが、外部環境に対する反応というよりは、自らの内面から、欲求が湧かないことを、実感していた。
歳をとるとはこういうことかもしれない、つまりは精力減退。ところが、事はそう単純ではなく、取って代わるように、新たな気分が自分の中で支配的になっていることにも、気がついていた。
その気分とは、「所有したからには、長く付き合う」というもの。高額品であれ、安価な品であれ、いったん所有したモノは、使い続けたいという思い。それは「サスティナブル」「定番志向」というトレンドの反映にすぎない、と言われるかもしれない。
しかし、現在私のワードローブには、定番と呼ぶにはほど遠い服やアイテムが並んでいる。「なんでこれを買ったのか」と思ってしまうものも多い。それらも含めて、長く付き合えないか、どうやって現在のスタイルに取り込むか、ふとそんな風に考えている自分に気づくのだ。
網野善彦による、日本史上の商取引に関する論考に、市場の「無縁」性の記述があるが、これを私は逆の方向から感じていた。「無縁」であるマーケットから、自己の所有で「有縁」状態になったモノは、決してマーケットに並ぶ同種のモノと同価値ではないと。
そしてその「縁」を深め、活用することにもっと真摯に向き合ってもいいのではないかと。
つまりそれは所有とその結果実現されるライフスタイルの一様相を、兌換不能な縁という軸で再評価することである。と、こんな風に思い至ってしまったら、店頭に並ぶ多くの「無縁」のモノに、ますます手が出なくなってしまった。そして残ったのは、物との縁とは別種の縁、人との縁によってもたらされるモノだった。
これはそのひとつ、《SUN/kakke》デザイナー尾崎雄飛氏の手になる、“Medicine Arts”と名付けられたワークコート。尾崎氏とは、近年私が編集する「LAST」誌上でさまざまにコラボレーションしてきた。
ある日の打ち合わせ、ふと見せられたワークコートに、惹かれるものがあった。聞けば、デザインにあたって、彼の知人である医師のアドバイスを受けているという。それもあっての「Medicine Arts」という名称だった。
そのワークコートには、過去のワークウェア等から得られたディティールが盛り込まれている一方、それがそのままでなく、医療の現場から導かれた考え方を軸に再構成されていることも感じられた。その仕様は編集仕事の現場にとっても、有効なように思えた。
こうしてワークコートは私の所有になったのだが、当時は自分の適切な選択の結果と思っていた。ところがその後、前述のような縁についての考えが去来した時、このワークコートにまつわる縁の連環に気づき、妙に納得した。
その誕生には、尾崎氏と知人の医師との縁があり、私との出合いは尾崎氏との仕事上の縁ゆえだ。手元にあるこの一着のワークコートの存在感は、そうした複数の縁の重なりが生み出している、それを実感したのだった。
縁というと、「血縁」「地縁」や「くされ縁」といった、日本の因習と繋がる、どこかネガティブな響きを感じ取る向きも多いだろう。かつては私もそうだった。
また、前出の網野史学においては、縁は支配と繋がり、多少批判的に捉えられているところもある。ただ、歳を重ねたせいか、自分の周囲の係累の中に、縁ゆえの僥倖を感じることもまた、多くなった。
現在、私にとって縁は、モノとの繋がりや価値を考える上での,指針のひとつになりつつある。それはまた、何事も金額や効率など、数値で判断されてしまう現状に対する、ささやかな抵抗でもある。
菅原幸裕
雑誌「Esquire日本版」に約15年間在籍。2003年に男の靴雑誌「LAST」を創刊。同誌の編集長を務めている
※2014年12月発行『i bought VOL.08』に掲載された記事です。
※価格・販売状況は掲載当時のものになります。
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