ディオール、サンローランを変えたエディ・スリマンとは

Dior HommeやSAINTLAURENTを牽引してきたエディ・スリマンについて紹介。
カリスマと呼ばれるデザイナーは世界中にいるが、このエディ・スリマンはその中でも別格の存在感を放っている。

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エディ・スリマンのプロフィール

1988年 名門パリ政治学院を卒業した後にルーブル美術学校で美術と歴史を学ぶ。
1990年~1997年 ジョゼ・レヴィのメゾンやジャン・ジャック・ピカールの元、アシスタントやディレクターを経験。
1997年 Yves Saint Laurent Rive Gauche Hommeのディレクターへ就任。
2000年 Christian Diorに招かれ、Dior Hommeのクリエイティブディレクターへ就任。
2000年初頭、世界中でモードファッションが衰退し、ストリートファッションや、アメリカンカジュアルなどのゆったりとしたファッションがトレンドを牽引していた。

そんな世界をたったの一晩のコレクションで一気に塗り替えてしまった。それはまさに1982年にパリで「黒の衝撃」と呼ばれる旋風を起こしたCOMME des GARCONS以来のトレンドの転換だったと言える。

 

エディ・スリマンの下積み

天才と呼ばれる由縁の一つとして、エディ・スリマンは洋服作りに関して専門学校などで教育を受けた経験がなく、独学・実戦で学んだと言われている。

 

いくつかのブランドでアシスタントやディレクターを勤める中で1997年にYves Saint Laurent(イヴサンローラン)のアーティスティックディレクターに就任する。当時低迷していたYves Saint Laurentのメンズラインを活性化させた。

 

そして、Yves Saint Laurentでの実績が評価され、2001年のコレクションからDior Hommeのクリエイティブディレクターへと就任。

 

Dior Hommeクリエイティブディレクターに就任

Dior Hommeのコレクションでは無駄な装飾やアート要素をそぎ落とし、街で着られるファッションに落とし込んだ。

 

それは簡単なことではなく、身体にフィットする美しいシルエットと洋服本来のディティールで勝負するデザイナーとしての能力を試されるコレクションであった。このコレクションが世界にセンセーショナルを起こし、ファッション業界を震撼させた。

 

エディスリマンの集大成

「グラム期」と呼ばれる2005年春夏コレクション。それはエディ・スリマンの集大成とも呼ばれるコレクションが発表される。エディ・スリマンの感性に、ようやく時代が追いついた瞬間であった。

 

極度にタイトなシルエットのスーツで若者たちをモードに引き寄せたDior Homme。

 

ストリートスタイルやヒップホップスタイルが街を謳歌していた時代に終止符を打ち、街の景色を変えた。雑誌の内容を一気に変え、若者がファッションを語る上での言葉を変えたと言われている。

 

Dior Homme人気アイテム「デニム」

Dior Hommeのアイコンとも言える「デニムパンツ」グラム期に発表された、極度にタイトなスキニーシルエット。今では街に溢れているスキニーパンツを世に送り出したのはエディ・スリマンとも言われている。

 

独特の裾にクッションをためるロングレングスのデニムはヴィンテージファンをも唸らせる質の高いデニム。

 

日本の岡山県倉敷市産のデニムを採用し、日本中で話題になった。カジュアルアイテムでありながら、ストリートとドレスクロージングをミックスしたような印象のデニムは今でも多くのファンに愛されている。

 

カール・ラガー・フェルドも愛用

#MademoisellePrive

A photo posted by CHANEL (@chanelofficial) on

 

CHANELやFENDIなどの雲上ブランドでその手腕を発揮したファッションレジェンドとも呼ばれる、ドイツ出身のファッションデザイナー。CHANELの公式インスタグラムにも登場している。

 

そんなカール・ラガー・フェルドにも愛されたエディ・スリマンのデザイン。

 

しかし、極端にタイトなDior Hommeの洋服は100kgあったカールラガーフェルドにはとても着られるものではなかった。そのファッションレジェンドに40kgものダイエットをさせたのは有名な話。

カール・ラガー・フェルドとは

1963年 Chloéのヘッドデザイナーに就任。
1965年 FENDIのデザイナーに就任。
1983年 CHANELのデザイナーに就任
1984年 自身のブランド「KARL LAGERFELD」をスタートし1986年デ・ドール賞(金の指貫き賞)を受賞。
1988年 マルティーヌ・シットボンにChloeのデザイナーをバトンタッチ。
1992年 Chloéのデザイナーに復帰。以後、FENDI、CHANEL、Chloé、自社の4つのメゾンのデザイナーを兼任。
2005年 自身のブランドKARL LAGERFELDをTOMMY HILFIGERに売却する。

 

▼カール・ラガーフェルドについて更に詳しい記事はこちら。

ファッションの巨匠、カール・ラガーフェルドとは?名言、極度のダイエット、映画も紹介

 

Dior Hommeのスーツ

Dior Hommeのスーツと言えば洗練されたスタイリッシュなタイトシルエットのスーツ。男なら一度は着てみたいと思わせる勝負スーツだろう。

 

ブランド独特のタイトシルエットだけではなく、トレンド感のあるワイドシルエットスーツや、モードライクなロックテイストスーツもラインナップされている。

 

▼Diorについて更に詳しい記事はこちら。

ジョン・ガリアーノ、エディ・スリマンらDiorのデザイナー達

 

アーティストとしてのエディスリマン

2007年任期満了により、惜しまれつつもDior Hommeのクリエイティブディレクターを退任し、フォトグラファーとしての活動をメインに行う。

 

モノクロームで表現される退廃的な世界と独特のセンスは多くの広告に使われ、ファッションを超えて活躍の場を広げることに成功する。

 

 

SAINT LAURENT(サンローラン)始動

2013年、以前アーティスティックディレクターを務めていたYves Saint Laurentで、待望のコレクション復帰を果たす。また、エディ・スリマンのクリエイティブディレクター就任に伴い、ブランド名をSAINT LAURENTに改名。

 

デザイナーの力でこれ程大きなニュースになることは多くはなく、SAINT LAURENTのルックに注目が集まった。

 

Dior Hommeとは少し切り口が違うが、相変わらずのタイトシルエットとロックテイスト。時代に逆行しているイメージはあるが、これぞエディ・スリマンとも言えるルックで話題をかっさらった。

 

多くの著名人が愛用するSAINTLAURENTのレザー

SAINTLAURENTのレザーライダース

出典:www.ysl.com

購入はこちら

 

 

Dior Homme時代からもそうであったが、タイトシルエットと絶妙にマッチするレザーライダースの人気はSAINTLAURENT就任後も健在。 SMAPの木村拓哉や、BIGBANGのG−DRAGONらにも愛用されている。

 

 

Thanks🎁🙏from @takanori_iwata_official & RYUJI🙌✨

A photo posted by 登坂広臣 (@3jsb_hiroomi_tosaka) on

 

三代目J Soul Brothersの登坂広臣は2016年の自身の誕生日にメンバーよりSAINTLAURENTのライダースをプレゼントされており、自身のInstagramでも紹介している。

 

SAINT LAURENTラストコレクション

2016年春夏、これまでとはまったく違う切り口でSAINTLAURENTのコレクションが発表された。90年代のグランジスタイルを彷彿とさせるロックを意識しつつも、今までとは違う感覚でモディファイされたコレクションであった。ストリートを意識しつつもトレンドとは逆行するコレクションは、2000年代初頭のように新たな旋風を巻き起こす兆し。
2016年3月にSAINTLAURENTのクリエイティブ・ディレクターを退任が決定。
2016年秋冬コレクションがラストシーズンとなる。

 

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